結論は同じなのだが、新しい見方による邪馬台国論を2015年に作りました。
 題は「古日向 邪馬台国」(2015年版)です。

 多分旧版よりも読み安く、タメになると思います。

 「要約」から始まります。どうぞ御覧下さい。


     「古日向 邪馬台国」 要約 


 
大隅邪馬台国(2008年版)

   目 次


T, 
大隅邪馬台国本文

  (この項は短時間で読んで頂けるように出来るだけ複雑な説明は省略した。ハイライトは用語説明、「詳細」は詳しい説明へリンクする)
 
     
 序            
   1
、投馬国の位置          
    
、邪馬台国の位置         
    
、中国古史にみられる一致点    
    
、九州説と邪馬台国の引っ越し     
    
、元邪馬台国の地の証拠物件     
    
、卑弥呼の墓            
    
、大隅邪馬台国を証明する方法    
    
、大隅邪馬台国論の要点と予言の整理


 
U,「大隅邪馬台国」詳細

 (この項は1.本文のリンク先である。従って本文でリンクしながら読まれた方には不要である。そうでない場合本文の背景となる根拠であるので、必要に応じて読んで頂きたい)

    
、鹿屋市周辺の弥生時代の遺跡       
    
、中国正史の倭人伝(11世紀より前)    
    
3、「末盧國」が呼子湾最奥の松浦町と比定する理由
    
、45度の方向誤認の理由        
    
、「不彌国」の位置        
    
、茂在説及び古田説の「短里」
    
、古代の船       
    
、当時の人口や国の規模
    
、他説への批判             
    
10、その他の傍国を含む九州の国々の分布
    
11、狗奴国            
    
12、「丹」の問題       
    
13,唐仁古墳群の「大塚」詳細
    
14,肝属平野の古墳         
    15,本論と「魏志倭人伝」他中国古史との不一致点

      V
関連論文

    
1,「神武東征」は「邪馬台国の引っ越し」か?

      
 序           
    
(T)神武天皇の生育地・在地 
    
(U)神武東征以前の奈良      
    
(V)神武東征の記録・伝説など        
      1,古事記、2,日本書紀 3,神武東征に関わる伝説地
    
(W)神武東征が邪馬台国の引っ越しと時期的に一致するか
    
(X)邪馬台国引っ越し論への疑問        
    
(Y)古事記に見られる引っ越しの証拠    
    
(Z)まとめ                
    
    
2,金印と倭奴国     
    

 
W、小論
   
1,「大塚神社」の謎        
   
2, 本論に寄せられた批判と私見